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日常、ゲーム、その他のことをぼちぼちと話す場所。

真面目

メンタル

 絶賛冬季五輪開催中ですが、ほとんど夜勤だったので結果しか知らないことが多いです。
 冬季五輪はどうも地味な印象がぬぐえませんが、たぶんそれは地方的な問題で、雪に親しみがないので、全体的なスポーツに馴染みがないのですね。
 とはいえ、競技自体はどれもこれも見ごたえがあって、見るだけなら面白いですね。

 昨日に女子フィギュアがあって、日本勢は浅田選手の6位入賞が最高位ですか?
 個人としては開催前から奇跡が起きて銅だろうと思っていましたので、初日の演目で浅田選手が16位と知った段階でメダルはなくなったと感じました。
 どうも採点競技というのは胡散臭さが拭えません。これはあらゆる採点、評価に言えることですね。やってる人達の努力やら何やらが、第3者の思惑で結果に変えられてしまう。それ自体を非難するつもりはないですが、少なくともその自覚があるのなら、採点に関する審判員、審査員の論拠をきちんとした文章、コメントで示すのが礼儀に思える。大体はありますけどね。でも、特にこのフィギュアはそれが聞きたい。あるんでしょうか。
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真面目

雑文 316

 高校3年生の頃に厨2病のようなものをこじらせて、専門学生2年生の頃まで病は続きました。
 ネットという環境が色んな人の黒歴史を築き上げているという話は以前にした気がします。僕もその例に漏れず黒歴史を築きました。嫌な思い出を覚えるのが得意なようで、今でもその当時のことを折に触れて思い出すことになります。高校3年の昼休み、放送部の糞くだらないラジオ形式の放送で流れた少しアレな曲に過剰に反応したり、専門学生1年の時、アレなワードを出した人に過剰な突っ込みを入れたり……嗚呼恥ずかしい、引きこもりたい。

 そのような悲しい経験を積み重ね、自分はなんて矮小で情けない人間なんだろうという結論に達し、多くを語っても馬脚をあらわすだけであると悟り、そのようなことを一切しないように心掛けて生きていました。

 結果は、当たり前ですが言葉で自分を表現するのが下手になりました。また自分の言動が信用できなくなり、ちゃんと言ったのに言ってないと思い込んで聞き直し、相手に「なんやねん」と愚痴られることになりました。あ、先日の話です。

 とはいえ、別にそのことで苦労をしているというわけでもありません。
 でも、最近気づいたというか、見て見ぬふりをしてきたというか、そのようなことに、自分は人の背景というものを物凄く知りたがるところがあるというものがあります。その人の価値観などといった考え、その人を構成する一切合財に触れてみたいという欲望があるのではないか。
「この人はどういう人なのだろうか知りたい知りたい」という欲望。
 自分はそんな人間ではないと思い込む虚栄心
「自分の言葉や気持ちなんて相手に通じないんだろうな口下手だし頭もアレだし嗚呼嗚呼」という陰気さ。
 今の日常に不満はないものの、それらの気持ちが混ざり合って不意に悲しい気持ちになるのです。嗚呼、もっとうまく人と交流を深められたらなぁ、頭では色々言葉は浮かんでいるのに何で出すとなると消えてしまうのだろう。自分の発した言葉が、相手の望んだものではないと察した時の喪失感は辛いです。

 結局のところ、不満はない俺は現状に満足している、みたいな気持ちも、虚栄心でしかないのか。
 自分ってなんなんでしょうね。人はどうやってその折り合いをつけて生きているのだろう。

真面目

気持ち

 何かしらの方法をもって被災者の方に勇気を与えたいという人が多いですね。

 例えば歌手でなら「私は歌うことで」
 スポーツ選手なら「自分のプレーで」

 実際にこういう人達の行動で勇気づけられている人がいないとは限らない訳で、単純に「与えられる訳ねーじゃん」と一蹴するのはどうかと思います。
 とはいえ、逆にそれらの行動で不愉快になる人もいて、何が言いたいのかと言えば、万人が満足する様な支援の方法というのは存在しないということです。

 と、八方美人の発言をしていても仕方がないので、自分の意見ですが。
 私としてはそういう言葉は表面上でしかないと考えます。
 即ち、「まあこういうことを言わないといけないよなぁ」という感じ。
 それに対して反論するのって、プロレスは八百長なのかどうなのかというのを真剣に議論することに似ていると思います。馬鹿らしいというか、空気読めないというか、マジレス恥ずかしい、みたいな。

 募金ってのは色々な形があって、それが歌だったりスポーツだったりします。
 我々はその手段について文句をつけることはできません。そうじゃないですか?
 でも、目的はそれによる寄付であるのに、なぜか表面上の手段でしかない歌やらスポーツやらに噛みついている人がいる訳です。

 とはいえ、ちゃんとその行動に金やら物資やらがついてこないなら、そういう批判も仕方がないでしょうね。
 勇気を与えるだのはあくまで付加価値でしかないのですから、それを目的とする地点で自己満足の謗りは免れないでしょう。
 気持ちだけでは何も解決しないって話ですね。

>追記

 電力問題について全く考慮していなかった。
 例えばライヴとかそういうのにはそれなりの電力を遣うことになります。
 行う側がそれなりの配慮をすればそれなりにやっても良いんじゃないかと思いますが、それは関西の人間だからそういう発想になる訳で。
 関東の方にしてみれば「俺達がこんなに不便な思いをしているのにそんなくだらないイベントに使うなんておかしいふざけるな」な人間味あふれた気持ちを抱くのも仕方のない話。
 
 ただ、自粛自粛の雰囲気を盾にしていても仕方がないですよね。
 できるのであればやればいいんじゃないでしょうかね。禁じられてる訳でもないのですし。

真面目

雑文 210

 震災から1週間以上経ちましたが、未だ予断を許さない状況であるのは間違いのない所。
 ニュースでは9日ぶりに救出されたおばあちゃんと孫とか、原発の作業にあたった人達とか、ドラマ性のある情報を主に流すようになった印象。
 正直ニュースってそういうので良いと思います。詳細な情報は新聞がどうにかしてくれればいいのでは。
 
 不謹慎について書こうと色々考え、不謹慎言う輩って結局俺の気にくわないことをするんじゃねーの精神でやってるのだろうな、から続けようと思ったのですが、もう少し考えてみるに、ネットという特異な空間においては、そんな単純な結論で良いのだろうかと思いまして。
 というのも、このブログなんて毎日平均多分10人くらいの人が来てくださっていると思いますけれど、そんな辺境の地なら色々書こうともそんな「不謹慎」言いに来る輩はいません。
 けれど、ツイッターのような比較的容易に他人の発言を覗ける空間ならば、「不謹慎」言いに来る輩を釣り上げることは容易でありましょう。
 なので、発言を載せる媒体の範囲を想定していない場合においては、不謹慎という言葉は必ずしも当てはまらない、ということはないのでしょう。

 と、不謹慎について好意的な見方をしてみましたが、正直に申せば俺の気にくわないことをするんじゃねー以上の感想を見出すことはできません。 
 私が気にいらないのは、不謹慎という言葉を盾にしている性根です。
 
 1時間くらい考えてみたのですが、主観的な批判についてはまた次回に纏めたいと思ってます。
 ちらりと書くと、例えばアニメで「この声優を使っているから糞」という批判は別に悪くないと思うって話です。

真面目

思い


 FF7でしたか、「思いを伝えられるのは言葉だけじゃないよ」みたいな発言があったのは。

 ならば変なジェスチャーをすれば、自分の思いの数パーセントが届くのかと言えばそんなことはなく、相手の仕草や何やかやでわかるというのは、大体の場合、言葉を基盤にしたものだと思われます。なので、上記の「思いを伝えられるのは言葉だけじゃない」というのは、私にしてみれば、「思いを伝えるには言葉だけじゃ足りないよ」なのではないのかなぁ、なんて。

 ですが残念なことに、思いを伝えるには言葉しかないのが現状です。何度か書いていますとおり、学校に行っても誰とも喋らないで帰宅することは多々あり、バイト先でもさほどに会話を行わない人生を歩んでいますので、お世辞にも友達は多いとは言い難いです。最も別に欲しい訳じゃなくて、時折感じる寂しささえ乗り切れば、人生孤独でも存外何とかなるものです。というかそう思わないとやってられない、というのもあるのですけど。

 友達関係ってのは薄氷の上を進むが如しで、当人にとっては何の変哲のなかった行為でも簡単に崩れるくらい脆いものです。ですが、漫画やゲームに言わせれば、氷が再び張られるみたく、また元通りになる、しかもその強度は上がっている……のでしょう。

 実際その通りだと思います。バイト先の仲良しグループさんも、そうやって親交を温めている節があります。盗み聞きでバイト内の友好関係をチェックしている私ですけれど、昨日はバイト内恋愛をしている子の嫉妬云々の話を聞いていたのですが、その嫉妬話の背景には様々な人達の様々な行動が隠されているみたいでした。店長が「何なん? 何なん?」としつこく尋ねており、それに対して当たり障りのない発言をその子がした為に店長はすぐに興味を失った模様でしたが、傍から聞く限りでは、単なる「嫉妬」では済まない何かがそこにあった模様。その嫉妬した子を中心とした何かが(と思考を巡らせるのも孤独を乗り切る手段の1つです)。
 
 しかし、その薄氷を強める行為ってのが今一つよくわからないというか、私は優しさという名の無関心で人と接するタイプの人間ですので、己の感情を曝け出してぶつかり合うって行為が不毛なことのように思えて仕方がないんです。

 それらの一連の行為が面白いと感じる人が友達を多く作れて、私のように不毛だと思う人が孤独の道を極めていくのでしょう。残念なことに前者の方がこの社会を乗りきっていくのに有利な訳ですが、後者の我々も負けずに生きていこうじゃありませんか(ぇ)。
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